FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

俺とロッキー

俺と『ロッキー』の出会いは中学1年生の時。

なので1993~1994年頃だったはずです。

テレビで『ロッキー4/炎の友情』がやっていたのを観ました。

けど、最後まで観れなかったのです。

ウチのテレビのチャンネル権は当時親父にあり、親父は野球を観ていました。

しかし途中で親父は寝てしまい、野球中継の後に始まった金曜ロードショーか何かの『ロッキー4』を観たのが最初でした。

当時の俺はボクシングのルールもよくわかってなく、シルヴェスター・スタローンという人物も知りませんでした。

野球中継の後に始まった『ロッキー』もよく知らず、「筋肉ムキムキの外人さんが戦っている映画」くらいの印象でした。

当然、その『ロッキー4』が4作目という事もわからず、なんとくボーッと観てたわけです。

アポロがドラゴと戦うあたりで親父が目を覚まし、チャンネルを変えてしまったので、その日はそこで終わりました。

後日、母親がレンタルビデオ店に連れていってくれた時、「好きなのを選んでいいよ」と言うので、俺は先日の『ロッキー4』を思い出しました。

あの日テレビでやってた映画のタイトルも覚えてませんでしたが、たしか『ロッキー』だったよな、と思い、探しました。

パッケージを見てあの日の映画が『ロッキー4』だったと確信し、「どうせなら1から見よう」と思い、『ロッキー』を借りて観ました。

これが俺にとって、はじめて字幕で観た映画です。

最初の印象は、「あれ?こないだテレビでやってた4よりも地味だな」でした。

ですが、どんどんと引き込まれ、ラストでは号泣していました。

映画に限らず、物語を観て泣いたのはこれが初めての経験でした。

ボクシングのルールもよくわかっていない当時中1のガキが、ボロボロ涙を流して泣いたのです。

子供ながらに「この映画は凄い作品だ!」と思いました。

それからシリーズを全てレンタルで観ました。※当時は5まで

そしてこの映画がアカデミー作品賞を獲得していた事を知り、シルヴェスター・スタローンのファンになりました。

同時にスタローンがラズベリー賞の常連だという事も知り、憤慨もしましたが(笑)

今思うのは、そういった前情報を一切知らずに『ロッキー』という作品に出会えた事、そして、変な前情報を知らずに『ロッキー』という作品を観て、自分の感性のみで感動して泣き、これが素晴らしい作品だと思えた事を誇りに思えます。

当時の俺はいじめられっ子でした。

ですが、この作品に出会ってからいじめられなくなりました。

それは別に俺がケンカをするようになったわけではありません。

俺の中の何かの意識が変わったのだと、今では分析しています。

それまでの俺は、やられっぱなしでしたが、『ロッキー』と出会ってからは「うるせー、やめろ!」と反論するようになりました。

だからと言ってケンカが強くなったわけではないですが、いじめる側からすれば、楽にいじめる事ができるからいじめる対象だったわけです。

それが反発され、いじめる事が楽ではなくなったから、なのではないかと思います。

ロッキーは俺に「感動して泣く心」と「いじめに屈しない勇気」を与えてくれたのです。

それから長い年月が経ち、『ロッキー・ザ・ファイナル』で復活をしてくれて、さらに『クリード』シリーズで、老人になりながらも俺に「人生」を教えてくれています。

俺の親父より2つ年上という事もあり、ほぼ親父と同世代なので、俺のもう一人の親父と思っています。

何か恩返しがしたい。

せめて何か恩返しがしたい。



スポンサーサイト

『ロッキー』シリーズを語る⑧ 【クリード/炎の宿敵】

今回は『クリード/炎の宿敵』のお話です。

第8作目(クリードシリーズ2作目)
2018年
『クリード/炎の宿敵』
(原題:CREED Ⅱ)
監督:スティーヴン・ケイプルJr.
脚本:シルベスター・スタローン
   チェオ・ホダリ・コーカー



いよいよシリーズ最新作についてです。

前作の『クリード/チャンプを継ぐ男』は新鋭の若手監督、ライアン・クーグラーによるものでした。
今作では再びスタローンが脚本を手掛けています。

『ロッキー』シリーズで「やりたい事は全てやりきった」と語っていたスタローンでしたが、新たな世代が『クリード』という新章を誕生させた事で「やりたい事」が芽生えてきたのでしょう。
と言うより、『クリード』の物語を誕生させたのであれば避けては通れない因縁がありますので、これはスタローンでなくても「やらなきゃいけない物語」だったと言えます。
その因縁とはもちろん「ドラゴ」です。

主人公アドニスの父アポロは『ロッキー4』でドラゴと試合をして命を落としたのですから。


『ロッキー4/炎の友情』のレビューの時に書きましたが、『ロッキー4』は僕の中ではシリーズ最低評価の作品でした。
言ってみれば「ロッキーシリーズの黒歴史」です。
ただ、『ロッキー4』を単体として見るのではなく、シリーズ全てを通して「ロッキーの人生」と考えるならば、『ロッキー4』もまたロッキーの人生の中の1ページである、という見方もできます。

シリーズの中で一番、物語性の薄い『ロッキー4』ですが、それでも重要なポイントを挙げるなら

「ドラゴがアポロを殺した」
「ロッキーが敵討ちでドラゴに勝った」

この2点のみです。
それくらい見所の少ない駄作だった『ロッキー4』ですが、親友のアポロが死ぬというのはかなり大きな出来事ですので、できればもっと中身の濃い作品に作り上げて欲しかったという気持ちがありました。

つまり今作は、駄作だった『ロッキー4』の敗者復活戦という意味合いがあるのです。
駄作の中で「親友アポロの死」を描いてしまった過去の失敗をずっと後悔していたスタローンが、新たな若い世代が『クリード』というチャンスを与えてくれた事で今一度『ロッキー4』に物語性を付加させる事ができたというお話です。

そう考えると、今作の中のロッキーの立ち位置とよく似ているじゃないですか。



今作では『ロッキー4』の時にできなかった「物語性」をこれでもかというほど盛り込んでいます。

「アドニスとアポロの親子関係」
「アドニスとビアンカの結婚」
「アドニスに娘が生まれ父親になる」
「アドニスとロッキーの師弟(疑似親子)関係」
「ロッキーとドラゴの因縁」
「クリード親子とドラゴ親子の因縁」
「ドラゴ親子の復讐の人生」
「ロッキーとロバートの親子関係」

ざっと思いつくだけでもこれだけあるのですが、主に「親子関係」、さらに言えば「家族の物語」という言葉でまとめられます。
あまりに要素が多いと作品としてとっちらかってしまいがちですが、広いくくりで「家族」がテーマとなっているため、ストーリーは終始ブレずに進みます。


作品としての感想は先日書いたので、そうではない部分について語りたいと思います。

記事の冒頭で今作の監督、脚本の情報を載せましたが、今回の脚本はスタローンですが、完全にスタローン主導によるものでは無いのです。
共同脚本にチェオ・ホダリ・コーカー、監督はスティーヴン・ケイプルJr.となっています。
スタローンを否定するわけではないですが、若い世代にある程度任せた事が良かったと思います。
聞いた話では、スタローン脚本ではラストの決着はKO勝利の予定だったとのことでしたが、実際の決着はドラゴによるタオル投入エンドでした。
どう考えてもタオルエンドのほうがいいと思います。
最後タオルを投げる直前のドラゴの描写が特に良かった。
コーナーに追い詰められる息子を見る。
客席を振り返ると元妻はもういない。
また息子を見る。
リングの対角線上のロッキーを見て、ロッキーもその視線に気づく。
悲しそうな表情でリングに上がり、タオルを投げる。

アポロの試合の時にロッキーができなかった事を、あのドラゴが息子を助けるためにやったのです。

ボクシングを映像作品にするとして、普通に考えて一番盛り上がる結末はKOだと思いますが、今作に限ってはタオル投入エンドにした事が大正解だったと思います。
この終わり方こそが新しい世代に託した「新たなロッキー」だと思いますし、そして試合後にロッキーはリングに上がらず「もうお前の時代だ」と言って静かに見送る後ろ姿だけで、少し寂しい感じで終わるのもシリーズ初だったと思います。
過去作は全て試合後はテンションが上がる感じで、音楽的にも盛り上げて終わっていましたから。


なんか最後はスタローン脚本にダメ出しを言ったような感じになっちゃいましたが、基本的にスタローンの脚本は好きです。
ただどうしてもある程度の「古臭さ」は出てしまうので、その部分を今回のように若い空気で中和したのは良い判断だったと思います。

スタローンは頭のいい人なので、今回の若い人のアイデアを取り入れた事からも何かを学習しているはずです。
今後予定のある『ランボー5』などの出来が期待できます。


以上!
『ロッキー』シリーズについて、全8回に渡って語らせて頂きました!!

もう細かい事は言いません。

お前らとりあえず『ロッキー』を観ろ!

それだけです!!


『ロッキー』シリーズを語る⑦ 【クリード/チャンプを継ぐ男】

今回は『クリード/チャンプを継ぐ男』のお話です。

第7作目(クリードシリーズ1作目)
2015年
『クリード/チャンプを継ぐ男』
(原題:CREED)
監督:ライアン・クーグラー
脚本:ライアン・クーグラー



『ロッキー』シリーズのスピンオフ作品となる、新たなシリーズの幕開けです。
そしてシリーズ初、スタローンが脚本を書いていない『ロッキー』となります。

まずはこの作品の背景から説明しましょうか。

元々スタローンは前作の『ファイナル』で『ロッキー』シリーズは満足していたわけです。
ところが、新たな世代の若い映画監督、
ライアン・クーグラーが「ロッキーの続編を作らせて欲しい」と名乗り出たところから始まります。
なんと言ってもこのライアン・クーグラー、僕より年下っていうのがまた嬉しい。
若い世代にちゃんとロッキーのスピリットが受け継がれているのが嬉しいじゃないですか。

ただ、スタローンに続編の話を持って行った時点ではクーグラーはまだ1つも長編映画を撮った事のない、新人どころか監督として本格デビュー前という状態でした。
で、スタローンが許可を検討している間に長編映画デビュー作となる『フルートベール駅で』を発表し、高い評価を受けます。
映画監督として結果を出し、提案した『クリード』の脚本も面白いという事で、ついにスタローンのOKが出ました。
スタローン自信も『ロッキー』1作目でチャンスを掴みとって出世したという経緯があるだけに、今度は自分が次の世代にチャンスを与える番だという気持ちがあったのでしょう。


ストーリーについて。

ロッキーのライバルであり後に親友となるアポロ・クリード(カール・ウェザース)の息子、アドニス(マイケル・B・ジョーダン)が主人公の物語。
アポロは『ロッキー4』の時に旧ソ連のイワン・ドラゴと試合をして命を落としてしまいます。
実はその時、浮気をしていた女性のお腹の中にアドニスがいたという設定です。
アドニスはアポロの死後に生まれるわけですが、その母もアドニスを産んですぐに亡くなってしまったとのこと。
身寄りのないアドニスは施設をたらい回しにされる事になりますが、そんなアドニスを探し出したのがアポロの奥さんであるメアリー・アン・クリード(フィリシア・ラシャド)でした。
メアリー・アンは自分とは血が繋がっていないが夫であるアポロの息子という事でアドニスを引き取り、実の息子として愛情を注いで育てる事になります。
アドニスは立派に成長し、いい大学を出て大企業に就職し、何不自由ない人生を歩んでいきます。
ですが幼い頃からYouTubeなどで父の現役時代の映像を観てきたアドニスは、自分もボクサーの道に進みたいという感情を抑えきれなくなっていました。
アポロが昔所属していたデルファイジムに行くも、そこのトレーナーはアドニスがアポロの息子である事を知っているため、ボクシングを教える事を拒否します。
そこでアドニスはフィラデルフィアに出向き、アポロの親友だったロッキーにコーチをお願いしに行きます。
ロッキーもアポロの息子と知り、ボクシングを教える気はないと断りますが、何度もしつこく訪ねてくるアドニスの根気に折れ、コーチを引き受ける事になります。
順調に成長していきアドニス・ジョンソン(※母親の姓)としてプロデビュー戦に勝利しますが、すぐにアポロの息子だと知れわたってしまいます。
そこに目をつけたのが世界チャンピオン、リッキー・コンラン(アンソニー・ベリュー)のマネージャーです。
コンランは世界ランカーの挑戦者と試合をするはずでしたが、記者会見中に挑戦者を殴ってしまい、挑戦者は顎の骨を骨折して試合ができなくなってしまいます。
さらにコンランは銃の不法所持の罪で刑務所に服役する事が決まってしまい、チャンピオンとしての最後の対戦相手として「アポロの息子」を指名して試合を華々しく盛り上げようとします。
アドニスは「クリード」の名前で試合に出る事が条件という事で、もし負けたら父の名を汚してしまう事を気に病んでいましたが、恋人のビアンカ(テッサ・トンプソン)から励まされ試合に挑みます。
そんな中、ロッキーが癌に蝕まれている事がわかりますが、ロッキーは治療を拒否します。
アドニスは「一緒に戦おう」と説得し、ロッキーは病気と、アドニスはコンランと戦うため練習と治療を開始します。
そして試合にのぞみ、コンランをあと一歩のところまで追い詰めますが、判定で負けてしまいます。
が、その見事な戦いぶりで観客もアドニスを認め、「クリード」の名前だけのボクサーではない事を証明する事ができました。



【クリードの見所】

やはり監督と脚本がスタローンではないという事で、作品から漂う雰囲気は今までのシリーズとははっきりと違います。
そして一番推したいのが、「音楽の使い方」です。
基本的に『ロッキーシリーズ』のBGMがほとんど使われないのですが、最後の最後、最終ラウンドのゴングと同時にあの『ロッキーのテーマ』がかかり、この瞬間に「ロッキーの魂が次世代にバトンタッチされた」というのを最高の形で表現している演出だと思いました。

ロッキーの現状について。
前作の『ファイナル』から引き続きレストランのオーナーをしていますが、前作までいたポーリーが今作では他界しており、息子のロバートは彼女とカナダに移住しているらしく、69歳のロッキーは独り暮らしをしています。
前作で息子と和解したような感じになっていましたが、やはり息子は「ロッキーの息子」である事が重荷だったようで、なかなか一緒に長くいる事は難しかったようです。
おそらくですが、過去作からもわかるようにロッキーは基本的に人付き合いの下手くそな「ダメ男」な部分があるので、息子との良好な関係を長続きさせる事ができなかったのでしょう。
それでもロッキーは「あいつが今を幸せに生きてるならそれでいい」と語っており、実は前作の『ファイナル』から今作の間にスタローンの息子セイジが心臓の病気で他界しているのです。
それを知った上で観ると、スタローンの息子は死んでしまったけども、ロッキーの息子は遠くでも生きててくれるだけでいいという気持ちが演技に現れていて泣けてきます。

泣けてくると言えば墓参りのシーン。
前作でもありましたが、前作ではエイドリアンが死んで3年後という事で、ロッキーは墓の前で静かにずっと椅子に座っているというだけでした。
ですが今作では墓の前で折り畳み椅子に座り、とにかくよく喋るのです。

「はぁ、だんだんここまで歩いてくるのがキツくなってきた。今日も何事もなく平和な一日だったよ。支払いも無事に済んだし、ただ最近背中が痛くてよく眠れないんだ。歳には勝てんよ。さて、今日は世の中ではどんなニュースが起きているのかな?」

と言って新聞を読み始める。
もう完全にエイドリアンの墓の前で新聞を読んで時間を過ごすのが今のロッキーの日常となっており、エイドリアンの死を乗り越えたわけではないでしょうが、少なくとも前作よりはこんな墓の前で過ごす事を日常化して慣れてしまっているようでした。
そこがまた泣けてきて………。


そしてロッキーが癌だと判明しても治療をしないとアドニスに言うシーン。

「愛する者はみんな去っていった。俺は長生きするより、たった一日でいい、女房と穏やかに過ごしたい。だがその願いは叶わない。俺は自分が病気になったらじたばたせず、それを受け入れようと決めてたんだ。俺はもういい。お前はこれから活躍し、きっと凄いボクサーになる。だが俺は?壁に貼ってあるポスターと同じ、ただの歴史だ」

まだ若いアドニスからすれば「俺のために生きようとしてくれないのか?」という悔しさがあり、ロッキーからすれば長く生きたせいで数えきれない別れと絶望を経験したから長生きしたくないと思う。
どっちが正しいわけでもないですが、ここに若者と老人のそれぞれの価値観があり、この二人の間に本物の信頼関係があるからこそ悲しい言い合いになってしまうのでしょう。
息子がそばにいないロッキーにとってはアドニスを息子のように感じていたはずですから。
そしてアドニスは涙を浮かべながら飛び出していってしまいますが、ロッキーは「なんで俺はあんな言い方しちまったんだ」と後悔します。
ロッキーとしては自分の想いを素直に言葉にしただけですが、口下手であるが故に他にもっといい言い方が思いつかなかった事を悔しがるわけです。
なのでやはりロッキーは「学歴が低いせいで語彙力が乏しい」という部分がポイントになってくるのだと思いました。


ジェネレーションギャップとロッキーのお茶目さ

世代の違うコンビのロッキーとアドニスですが、その表現も見所です。
アドニスがロッキーに練習方法を聞きにくる場面が特に印象に残っています。
ロッキーは「シャドーを5ラウンド分……」と言いながら紙に書き込んでいくわけですが、「シャドー」という単語が書けずペンが止まってしまうのをアドニスが「次はダブリュー」と教えてたり。
ロッキーが書いた練習法のメモをアドニスはスマホのカメラで撮って、メモはもたずに帰ってしまうのを
「おい、メモはいいのか?」
「これ(スマホ)の中にあるから」
「携帯を無くしたらどうする?」
「クラウドにアップしてある」
「……クラウド(雲)?雲の上って何だ?」
というやり取りがたまらなく好きです(笑)

あと、早朝から練習に行くためにロッキーが大音量で音楽を流してアドニスを起こすんですが、その時の曲が古くさいフィラデルフィアミュージックで、アドニスがうんざりした顔をするところなども良かったです。



さて、そろそろまとめようと思います。
スタローンの脚本も好きなのですが、今作のライアン・クーグラーの脚本はスタローンよりも「繊細さ」を感じられました。
スタローン脚本に繊細さが無いわけではないですが、種類が違うというんでしょうか。
クーグラーの脚本ではロッキーとアドニスの学歴の違い、世代の違い、生きてきた経験の違いまでも上手く描写し、それをさらっと見せるんです。
スタローンの脚本でも各登場人物の人生や心理描写などは繊細ですが、世代の違いというのはあまり出せていないように思います。
そのあたりについては次回の『クリード2』で語ろうと思いますが、仕方の無い事ですが、若い世代の目線というのがやはりクーグラーほどはできていないと思います。


今回は前回以上に長くなってしまいましたが、次でいよいよシリーズ最後、『クリード/炎の宿敵』について語ります。


『ロッキー』シリーズを語る⑥ 【ロッキー・ザ・ファイナル】

今回は『ロッキー・ザ・ファイナル』のお話です。

第6作目 2006年
『ロッキー・ザ・ファイナル』
(原題:ROCKY BALBOA)
監督:シルベスター・スタローン
脚本:シルベスター・スタローン



前作の『ロッキー5/最後のドラマ』から、実に16年の時を経ての新作でした。

もう流石に続編は作られないだろうと誰もが思っていました。
だってスタローンも(当時)60歳でしたし。
スタローンが『ロッキー』の続編を作ると発表した時、世界中が驚きましたからね、悪い意味で。

「60歳でロッキーをやるなんて無理がある」
「まだ昔のヒット作に頼るのか」
「過去の栄光を汚すだけだ」

まぁ仕方がないとは言え、散々ボロクソに言われましたよね。

が、そこは我らが脚本家スタローン。
そんな批判なんて想定の範囲内だったわけです。
映画内のロッキーも現実のスタローンと同様に、ボクシング復帰すると宣言したら世界中から馬鹿にされるんです。
そしてスタローンの60歳とは思えないムッキムキな肉体も観客に衝撃を与えました。
結果、散々批判していた連中を真正面から返り討ちにしてくれたわけです。


個人的に思うのは、この『16年』という期間が空いた事が結果的に良かったのだと思います。
前回の記事でも書きましたが、『ロッキー』シリーズは『ロッキー4/炎の友情』で異常なほどヒーロー化してしまいました。
『ロッキー5/最後のドラマ』でロッキーを引退させてリセットをはかりましたが、『ロッキー5』の時点ではまだそれほど時が経過しておらず、ロッキーのヒーロー性を完全にリセットしきれていませんでした。
が、流石にロッキーも60歳ともなれば衰えていて当然です。
それにより、1作目の時と同じ「誰からも期待されていないロッキー」に戻る事ができたのです。


さて、ストーリーについて。
今作ではロッキーの愛妻、エイドリアンがすでに他界して3年が経っているというところから始まります。
ロッキーが「女性の癌だった」と言っている場面があるので、おそらく乳癌か子宮癌だったのではと推測できます。
それはさておき、過去のシリーズではロッキーが生来のダメ男っぷりを発揮した時はエイドリアンがそれを軌道修正するという役目をおっていましたが、今回はそのエイドリアンがいません。
エイドリアンを失った年老いたダメ男、ロッキーの物語となるわけです。

現在のロッキーはイタリアンレストラン『エイドリアンズ』のオーナーをしています。
映画内では語られませんが、裏設定ではこの店はエイドリアンが存命だった時、ロッキーと二人で夫婦で始めた店だったそうです。
エイドリアンがイタリアの家庭料理を作り、ロッキーが客の相手をする。
二人だけでまわせる程度の小さな店だったそうです。
日本で言うなら、常連さんを相手にする居酒屋みたいなイメージでしょうか?
それがエイドリアンが亡くなってしまったため、ロッキーは料理人やウエイトレスを雇い、現在のイタリアンレストランにしたという事みたいです。

そんなロッキーの日課は、毎朝エイドリアンの墓へ行き、自分専用の折り畳み椅子に座ってエイドリアンと会話をする事。
エイドリアンの墓の近くにある木の枝に自分の折り畳み椅子を引っ掛けて隠しているところなんて、いかにもロッキーらしさが出ているシーンです。

そんなロッキーの様子を見続けているポーリーは「もういい加減に忘れろ」と言うのですが、ロッキーは「俺にとっては宝物だ」と言い、忘れる事はできないと答えます。

一方、息子のロバート(マイロ・ヴィンテミグリア)は地元の企業に就職し、サラリーマンをしています。
表向きはロッキーと仲良くしていますが、どこへ行っても「ロッキーの息子」と言われる事に不満を抱え、自分がどれだけ頑張っても「父親の影に霞む」事をコンプレックスに思っており、ちょっとした確執があります。

そんな中、テレビ番組で「過去の人気チャンピオンと現在のチャンピオンが戦ったらどっちが強いのか?」という企画が放送されます。
過去のチャンピオンはロッキー、現在のチャンピオンは無敗のメイソン・ディクソン(アントニオ・ターバー)。
最新のCG技術を駆使し、グラフィックで再現した若いロッキーとメイソンのコンピューター戦が放送され、結果はロッキーのKO勝利。
この放送が評判になり、たまたまこの番組を観ていたロッキーに「ある感情」が芽生えます。
自分がエイドリアンや息子以外で好きだったもの、それはボクシング。
ボクシングに情熱を向けてみれば、この寂しさを少しは紛らわせる事ができるのではないか?
そんな単純な思いつきから再びボクシングをやってみようかという気持ちになるわけです。
ここで重要なのは、この時のロッキーは別に昔のような活躍を考えていたわけでは無いという事です。
定年退職したオッサンが「ジョギングでもしてみるか」程度の軽い考えだったのです。
ですが、そのロッキーの復帰話に目をつけたのが現チャンピオンのメイソンのマネージャーです。
メイソンは無敗のチャンピオンですが、毎回早いラウンドで勝ってしまうせいで人気が低かったのです。
そのため試合のチケットは売れず、チャンピオンなのに金が稼げないという悩みがありました。
先日のコンピューター戦のテレビ企画のおかげで、もし本当にロッキーと試合ができるなら間違いなく客は集まるし、上手くいけば人気回復にも繋がる。
そこでロッキーにエキジビションマッチ(公式ではない余興試合)を申し込みます。
最初は渋るロッキーでしたが、チャリティーマッチ(収益の一部をチャリティー団体に寄付する)と説得され引き受けます。
これに当然のように大反対するのが息子ロバートです。
これまではロッキーの手前、自分の本心を言わなかったロバートでしたが、ようやくロッキーも世間から「過去の人」と認識されてきたのにまた目立つようになってしまう事に苛立ちを感じているのをロッキーにぶつけるわけです。
ここでのロッキーのセリフが今作の一番の名場面です。

「お前の歳ならもうわかるはずだ。人生はバラ色なんかじゃない。油断してると厳しく打ちのめされ、どん底まで叩き落とされる。人生ほど重いパンチは無い。だが大切なのはパンチを打たれないようにする事じゃない。たとえ強烈に打ちのめされても、耐えて前に進み続ける事だ。たとえ倒されても、何度でも立ち上がって前に進み続ける事だ!その先にあるのが勝利なんだ!自分の価値を信じるならパンチを恐れるな!人を指差して、自分の弱さをそいつのせいにするな!それは卑怯者のする事だ!お前が卑怯者のはずは無い!お前には俺の血が流れているんだ!………この先、何があっても俺はお前を愛し続ける。俺の人生で最高の宝物だ。だが、自分で自分を信じられなきゃ、それは自分の人生じゃないぞ」


小学校中退で口下手なロッキーですが、流石にそのロッキーも60歳ともなれば人生の蓄積があり、今までのシリーズを見続けてきたファンからすれば、これまでのロッキーの経験からくる重い人生訓だとわかります。

このあとロバートと和解し、本格的に試合に挑む事になります。


試合では当然ながらメイソン優勢でロッキーはメッタ打ち状態となります。
が、ここでシナリオ的に上手いのは、2ラウンド終盤でメイソンがボディ攻撃をしようとした時にロッキーの腰骨を殴ってしまい、左手の骨にヒビが入って痛めてしまったという事です。
これでメイソンはほぼ右手だけで戦わなくてはならなくなり、ロッキーが善戦してもおかしくない展開となったのです。
流石に60歳が現役世界チャンピオンとハンデ無しでまともに戦えるはずが無いですし、そこにスタローンの60歳とは思えないムッキムキの筋肉のおかげで説得力が生まれてくるわけです。
そして最後は最終10ラウンド(※世界戦ではない最高ラウンド数は10ラウンドと規定されている)まで戦い抜き、判定でメイソンの勝ちとなります。

そして試合の後日、エイドリアンの墓でロッキーはこう言います。

「Yo Adrian,We did it」

字幕や吹き替えでは「エイドリアン、やったよ」となっています。
このセリフは『ロッキー2』でロッキーがアポロに勝った時に言うセリフ、

「Yo Adrian,I did it!」

のオマージュです。
『ロッキー2』の時も翻訳は「エイドリアン、やったぞ!」でしたが、英語は苦手ですが、ちゃんと読み解くと、『ロッキー2』の時は「I did it」で、今作では「We did it」と複数系?になっています。
つまり「俺はやったぞ」から「俺たちはやったぞ」になっているわけです。
そこまで踏まえて観ると、とても感慨深いシーンとなっているのです。



他にももっと語りたい部分はある!
けど、今回はめっちゃ長くなっているし、あまり長くなりすぎてもまとまらなくなってしまうので、このくらいにしておきます。

『ロッキー』シリーズはこれで完結となりますが、次回は新たなシリーズの幕開けとなる『クリード』について語ります。



『ロッキー』シリーズを語る⑤ 【ロッキー5/最後のドラマ】

今回は『ロッキー5』のお話です。

第5作目 1990年
『ロッキー5/最後のドラマ』
(原題:ROCKY Ⅴ)
監督:ジョン・G・アビルドセン
脚本:シルベスター・スタローン



前作の『ロッキー4/炎の友情』がシリーズ最高評価の作品なのに対し、こちらはシリーズ最低評価の作品です。

理由としては……う~~~ん……ロッキーが最後までボクシングをしない上に、ラストはストリートファイトで終わるし、全体的に地味だからだと思います。

ですが、僕の中の評価は『ロッキー4』よりはるかに上です。
『ロッキー3』から『ロッキー4』にかけてロッキーがどんどん「ヒーロー化」していき、個人的に「こんなのロッキーっぽくない」と思っていただけに、「やっとロッキーらしさが戻ってきた!」と嬉しかった作品です。


ストーリーの大筋としては、ドラゴとの試合後に体に異常を感じたロッキーは引退を決意。
その直後、財産管理を任せていた経理士が裏切って財産を失い破産。
仕方なくフィラデルフィアの街に戻ってきて、ロッキーは昔のミッキーのジムで若手を育てるトレーナーになる。
ロッキーに憧れて弟子入りしてきたトミー・ガン(トミー・モリソン)を育てるが、そのトミーは悪徳プロモーターに騙されてロッキーと仲違いする事に。
最後はロッキーとトミーのストリートファイトでエンディング。


これは僕の予想というかなんというか、脚本のスタローンも僕と同じ気持ちがあったのではないでしょうか。
『ロッキー4』までで、あまりにもロッキーがヒーロー化し過ぎてしまったのをなんとかしたかったのでは?
それをリセットする意味でも無理矢理ロッキーを破産させてフィラデルフィアに帰らせたのではないでしょうか。

『ロッキー5』のメインテーマとしては、引退後のロッキーの第2の人生のスタートと、息子ロバート(セイジ・スタローン)との親子関係についてのドラマです。

余談ですが、これまでのシリーズでのロッキーの息子役は全て違う子役でしたが、この5作目のみスタローンの実の息子、セイジ・スタローンが息子役を演じています。
※スタローンは3度の結婚をしているのですが、セイジは最初の奥さんとの間の子供で、この5作目の数年前に離婚していて、息子との間に若干の溝があったそうです。

それを踏まえての親子の物語であったと考えると、ここでもやはりスタローンはロッキーの人生に自分の人生を反映させて脚本を書いていたのでしょう。


この『ロッキー5』で一番好きな場面は、『ロッキー3』で他界したミッキー(バージェス・メレディス)が回想シーンで再登場するところです。

ちょっと長くなりますが、そのミッキーのセリフです。


「お前が俺の前に現れてくれなきゃ、俺はとっくに死んでただろうよ。人は『もう生きていたくない』と思った時、不思議と死んじまうもんだ。歳をとっていろんなものを失い、友人を失い、何もかも無くなった挙げ句にこう言う。『俺は何の為に生きてるんだ?』って。お前が俺の生き甲斐だ。長生きしてお前が成功するのを見届けたい。それまでは俺は死なん。だからお前も約束しろ。その時までにリングの上だけでなく、リングの外でも立派な人間になってみせろ」

<中略>ロッキーにグローブの形のペンダントをプレゼントする

「これを身に付けてると、お前の肩に天使がとまってくれる。お前が打ちのめされて『もうダメだ』と諦めかけた時、その天使がお前の耳元でこう囁いてくれる。『立て!この腰抜け野郎!お前はミッキーに愛されてるんだぞ!!』ってな」

そしてこの出来事を思い出したロッキーが「天使はアンタだよ」と呟く。

この一連のシーンで号泣しました。

評価の低いラストのストリートファイトのシーンですが、この時一度ダウンしたロッキーが再び立ち上がる直前でミッキーの幻が現れ、「立て!この腰抜け野郎!お前はミッキーに愛されてるんだぞ!!」のセリフを言うのです。
ここでロッキーにとってのミッキーこそ天使だったのだというのを表現していたわけです。




この『ロッキー5』は1990年で、一応この次に6作目の『ロッキー・ザ・ファイナル』が作られるわけですが、それは2006年で16年後となります。
つまり長い間『ロッキー5』がシリーズの最終作であり、スタローンの年齢的にも「もう続編は無いだろう」という空気だったわけで、世間的には「ロッキーシリーズは最低の締めくくりだった」という評価が長く続く事になりますが、当時の僕の評価としては、
「ロッキー4で駄作となってしまったものを、ロッキー5でなんとか綺麗に締めくくってくれた」という感想でした。
それだけに『ロッキー5』の評価が世間的に低いのが納得いかなかったのを覚えています。


スタローンもずっと納得できていなかったのでしょう、16年の時を経て、ついに『ロッキー・ザ・ファイナル』が作られます。

次回はいよいよ『ロッキー』シリーズの最終作、『ロッキー・ザ・ファイナル』について語ります。


プロフィール

マッピー

Author:マッピー
マッピー著
『たまぁに本気でムラムラするブログの書き方』

1260円
フランス書院より
絶賛発売中!!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。