FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ロッキー』シリーズを語る④ 【ロッキー4/炎の友情】

今回は『ロッキー4』のお話です。

第4作目 1985年
『ロッキー4/炎の友情』
(原題:ROCKY Ⅳ)
監督:シルベスター・スタローン
脚本:シルベスター・スタローン



『ロッキー』シリーズで最も人気が高く、興行収入もシリーズ最高記録となっている作品です。

人気の要因としては、敵役のイワン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)が見た目的にも最高の悪役で、ロボットのような強さを視覚的に印象強く表現できている、というのが大きいのではないでしょうか。
そしてアメリカ的には時代的な要因もあり、『旧ソ連vsアメリカ』という非常にわかりやすい図式でもあります。

この『ロッキー4』は、わかりにくさを徹底的に排除して、とにかくわかりやすいシンプルな映画だと言えます。
それでシリーズ最高記録となるわけですから、目論見としては大成功だったでしょう。


が!!

僕的にはシリーズの中で最低の作品です。

何故かと言うと、僕にとっての『ロッキー』シリーズの良さというのは「人間ドラマ」だからです。
とことんストーリーをシンプルにした反面、ドラマ性は薄いものとなってしまいました。

これは僕の予想なんですが、もしかしたらこの『ロッキー4』は周りの人間から「こういうロッキーを作ってくれ」と言われたスタローンが渋々作ったモノなんじゃないかとすら思います。
だって元々『ロッキー3』で終わらせる予定だったわけですし。

それでもスタローンなりに頑張って多少なりとも「ロッキーらしさ」を脚本にねじ込んだ結果なのでは?というのが僕の見解です。


【ロッキー4における見所】

最初に言った通り、全体的に「ロッキーらしさ」の薄い今作ですが、それでも良さを見出だすポイントというのはあります。

試合直前、ポーリー(バート・ヤング)がロッキーに言うセリフ。

「俺は自他共に認めるどうしようもない男だ。だがお前は本当にいい奴だ。こんな俺でもお前は対等の親友として付き合ってくれた。こんなこと言うのは俺のガラじゃないが、もし生まれ変わって誰かになれるとしたら、俺はお前になりたい」

このセリフが『ロッキー4』の中で僕が一番感動したセリフでした。
けど、このすぐ後にリング上でドラゴと対面した後に

「さっきお前になりたいって言ったけどよ、やっぱやめとくわ」
「あぁ、それがいい」

というやり取りでしっかりオチをつけるのも大好きでした(笑)


そんなわけで『ロッキー4/炎の友情』は個人的に見所の少ない作品なんですが、仕方ないので今回はひとつ「ロッキー豆知識」を教えます。

これは『ロッキー4』に限らず、全シリーズに共通する事なんですが、ロッキーの親友ポーリーだけは、ロッキーの事を「ロッキー」とは呼ばないのです。
字幕でも日本語吹き替えでも「ロッキー」と呼んでいますが、元々のセリフをよく聞いていると、ポーリーは「ロッコ」と呼んでいるのです。
これは1作目~6作目の『ロッキー・ザ・ファイナル』まで全てです。
そう、ロッキーの幼なじみのポーリーのみ、ロッキーを「ロッコ」という愛称で呼んでいるのです。
これは字幕でも日本語吹き替えでもそのままやればいいのにと思うところなんですけどね。



さて、そんなわけで『ロッキー4/炎の友情』についてでした。
次回は『ロッキー5/最後のドラマ』について語りたいと思います。

『ロッキー』シリーズを語る③ 【ロッキー3】

今回は『ロッキー3』のお話です。

第3作目 1982年
『ロッキー3』(原題:ROCKY Ⅲ)
監督:シルベスター・スタローン
脚本:シルベスター・スタローン



さて、この『ロッキー3』でも2つのポイント、「ロッキーのダメ男ぶり」と「ロッキーとスタローンの共通点」をメインに語りたいと思います。


まず『ロッキー3』における、ロッキーとスタローンの共通点について。

前作の『ロッキー2』にてロッキーはアポロに勝って世界チャンピオンになります。
一気に裕福になり、防衛戦も10回勝ち続け、一躍人気者になります。
一方のスタローンもまた、『ロッキー』に続くもう1つの代表作、『ランボー』が大ヒットし、アクション俳優のトップスターとなります。

そんな中、ロッキーに挑戦を申し込むハングリーな挑戦者、クラバー・ラング(ミスターT)が現れ、ロッキーは負けてしまいます。
負けた原因は試合直前にミッキーが心臓発作により他界してしまった事と、裕福な暮らしのせいで昔のハングリーさを失ってしまった事。

そんなロッキーに手を差しのべるのが、前作までの対戦相手だった、元チャンピオンのアポロ・クリードでした。
ここでアポロがロッキーの親友となった事が後々『クリード』に繋がってくるわけですから、その意味でもこの『ロッキー3』というのは重要なターニングポイントとなる作品だったのかもしれません。

※元々この当時、スタローンはこの『ロッキー3』をもって『ロッキー三部作の完結編』と言っていました。


【ロッキー3におけるロッキーのダメ男ぶり】

試合に負け、再びクラバーに挑むにあたり、アポロがロッキーに練習を教えます。
が、ロッキーはまたしても練習に身が入りません。
今回のスランプの理由は、単純にロッキーの心の中に「恐怖」の感情が芽生えたからです。
細かい経緯は省きますが、このスランプを克服したのもまたエイドリアンのおかげでした。
今までのエイドリアンはロッキーがボクサーを続ける事に否定的なスタンスでしたが、今回ばかりは「戦うべきだ」と言って後押しします。
恐怖心を抱え、それを克服できないままロッキーが引退したとしても、今後の人生でずっとそれを引きずってしまうと見抜いていたからです。
だから今回の一戦だけは戦うべきで、アポロもロッキーを信じて練習に付き合ってくれている。
やるべき事を全てやりきって、それでまた負けたなら、もう言い訳も何もなく気持ちよくすっきりと引退できるはずだからと。
思えばあの内気だったエイドリアンがずいぶんと強い女になったものです。
ここが『ロッキー3』の一番の見所だと言えるでしょう。
「強くなったな」
「だってボクサーの妻よ」
このセリフが今作を象徴する場面ではないでしょうか。


この後はご想像の通り、ロッキーがクラバーに勝って再び世界チャンピオンの座に返り咲き、エンディングとなります。


そして今作で完結編と銘打っていたわけですが、次回作の『ロッキー4』が作られる事になっていきます。
『ロッキー4/炎の友情』はシリーズ最高の興行収益を誇る作品となるわけですが、個人的にはちょっと………という作品でもあり、そのあたりを次回書いていきたいと思います。

『ロッキー』シリーズを語る② 【ロッキー2】

今回は『ロッキー2』のお話です。

第2作目 1979年
『ロッキー2』(原題:ROCKY Ⅱ)
監督:シルベスター・スタローン
脚本:シルベスター・スタローン



今作~4まではスタローンが監督・脚本・主演の三役をこなしています。

全シリーズに共通する事は、ボクサーのロッキーに俳優スタローンの人生が反映されているという事でしょうか。

1作目では『冴えないボクサー』と『売れない俳優』という関係でした。

1作目で一躍トップスターになったスタローンでしたが、その後いろいろな映画で主演をしますが、結局「ロッキー俳優」「筋肉俳優」としか評価されない。
『ロッキー2』でもそんな背景がストーリーに反映されています。


前作でチャンピオンのアポロと善戦をしたロッキーは人気者になります。
多額のファイトマネーが入り、さらにCM出演の依頼が舞い込みます。
収入の見込みができたロッキーはエイドリアンにプロポーズし結婚。
これから幸せな結婚生活が待ち受けているはずでした。


【ロッキー2でのダメ男ぶり】

前回の記事で書いた通り、ロッキーという男は基本的に『ダメ男』です。

収入の見込みができた事でロッキーはエイドリアンに結婚を申し込み、結婚。
高級車を買い、深く考えずに新居を買い、はっきり言ってダメな成金の典型です(笑)
「CMの依頼もあるし大丈夫さ」という根拠からでしたが、このCM撮影がうまくいきません。
まずセリフが覚えられず、カンペを見ながらでいいと言われるも、小学校中退という学歴のせいでカンペすら読めず、CMの仕事は無くなってしまう。
結局、肉体労働をするも、不景気のせいですぐにリストラ。
「やっぱり俺にはボクシングしかない」となるわけです。
このあたりが現実のスタローンが「結局ロッキー俳優」と揶揄されていた部分が反映されているのだと思います。
スタローンの凄いところは、自分に対する批判の部分すらも脚本に反映しているという事だと思います。
これは後のシリーズでもやっているので、今後も解説していきたいと思います。


そんなダメ男のロッキー。
再びチャンピオンのアポロと戦う機会を与えられますが、練習に身が入りません。
理由はエイドリアンからボクサー復帰を反対されていたからです。
そんな中、エイドリアンが過労のせいで早産をしてしまい、子供は無事に産まれましたが、エイドリアンは数日間昏睡状態に陥ってしまいます。
ロッキーは連日徹夜でエイドリアンに付き添い、その甲斐あってエイドリアンは目を覚まします。
目覚めたエイドリアンはようやくロッキーに「試合に勝って」と言い、これで『ダメ男』ロッキーの歯車が噛み合い、猛練習に突入するわけです。

アポロとの2度目の試合でロッキーは最終ラウンドでKO勝利し、世界チャンピオンとなってエンディングとなります。


正直、ストーリーの展開的には王道で驚きはありません。
が、この『ロッキー』シリーズの見所はやはりロッキーという男は決して完璧ではなく、欠点だらけのダメ男だという事。
そんな泥臭く、エイドリアンがいて初めて人並み以上になれるロッキーの人間臭さだと思います。

この『ロッキー2』は前作の『ロッキー』と続けて観て一本の作品という見方もできますので、是非『ロッキー1&2』と一気に観てみてはいかがでしょうか。

『ロッキー』シリーズを語る① 【ロッキー】

先日『クリード/炎の宿敵』の感想を書きましたが、おそらくこの作品こそがいよいよ『ロッキー』シリーズの最後の作品となるのではと感じています。

そこで、42年の歴史をもつ『ロッキー』シリーズの総括のような記事を書こうと思い立ちました。

ほとんどの方が興味ない内容となるかと思いますが、読んでみてもいいかと思われる方のみお付き合いください。




第1作目 1976年
『ロッキー』(原題:ROCKY)
監督:ジョン・G・アビルドセン
脚本:シルベスター・スタローン



記念すべき第1作目です。
この1作目だけは過去のブログでレビューを書いた事があったかと思います。

当時、売れない無名俳優だったスタローンが自分で脚本を書いて映画会社に売り込み、自分が主演という条件で低予算で制作され、アカデミー作品賞を獲得した伝説的作品です。

2019年現在、『クリード』シリーズも含め計8作まで作られた今にして思えば、もうこの作品の時点から「ロッキー・バルボア」という人物のキャラクターはしっかりと作り込まれていたというのがよくわかる作品です。

先日の『クリード』のレビューでも書きましたが、ロッキーという人物の性格などはその後のシリーズでも全くブレる事がありません。

性格は優しく穏やか。
低学歴のせいで語彙力が乏しい。
ジョークが好きだが、基本スベる。
一見フレンドリーだが人付き合いが下手で、親友と呼べる人は少ない。

【見所】
1作目のロッキーは、まさに「街のチンピラ」です。
元々は優しい真面目な性格であるにも関わらず、育った環境などのせいでチンピラ同然の生活をしており、その現状から抜け出せない事にコンプレックスをもつ男です。
未成年の女の子が喫煙してるのを説教して、「うっさいボケ!」と言い返されてしまう情けない男。
そんな男に一世一代のチャンス、世界チャンピオンと試合ができるという幸運がやってくるというお話です。

メインテーマとなるのは「証明」。

後々『クリード/チャンプを継ぐ男』でも出てくるテーマですが、ロッキーの場合は「自分はチンピラなんかじゃない、ボクサーなんだ」という事を世間の人々に認めさせたいというものでした。
試合前日にロッキー自身がエイドリアンに語っています。

「負けるのは構わない。だって相手は世界一の無敗のチャンピオンなんだ。誰も俺が勝つなんて思ってないから、負けたって別に恥じゃない。でももし、その世界一の男と最終ラウンドまで戦い抜く事ができたら、俺は生まれて初めて自分がチンピラなんかじゃないって事を証明できるんだ」

まさにこのセリフに全てが込められていると思います。


ここで少し捕捉説明をします。
実は元々ロッキーは才能のある男だったのです。
トレーナーのミッキー(バージェス・メレディス)も「才能があったのに」というセリフを言っている場面があります。
にも関わらずボクサーとして成功できていなかったのは、当時の時代背景とロッキーの自業自得とが重なっています。
ロッキーはサウスポー(左利き)のボクサーです。
当然、右利きのボクサーが大半を占めているなか、構えが逆の左利きボクサーは「戦いにくい」という理由で対戦を避けられる傾向にありました。
それでも我慢して地道にコツコツやっていれば上に行けたかもしれなかったのですが、ロッキーは手っ取り早く金を稼ぐために賭けボクシングの試合に出たりしていたせいで、勝ち上がっていく機会を逃してしまっていたわけです。

この事もですし、後のシリーズも観てみるとわかる通り、ロッキーという男は基本的に『ダメ男』なんです。
一人だとろくな結果を出せない。
それがミッキーやエイドリアンなどの支えが加わると、『歯車』がガチッ!と噛み合うと、普通の人では越えられない壁を越えられる男になる。
そこがロッキーという男の魅力であると思います。


次回は『ロッキー2』について書きたいと思いますが、これから『ロッキーシリーズ』を観る人は、ロッキーのダメ男ぶりを念頭に置いて観てみるというのをおすすめします。

【ネタバレあり】『クリード/炎の宿敵』感想

2019年1月11日。
公開初日の、最寄り映画館の初回上映で観てきました。

一言で言うならば「最高」です。

これまでの『ロッキー』シリーズの全てを詰めこんだような内容でした。
なので、この感動を語るにはネタバレ無くしては語れませんので、ネタバレが嫌だという方はここから先を読まずに引き返してください。





まず何から語ろうか……。

まずはざっくりとあらすじから。

今回のストーリー自体に特に驚きのようなものはありません。

「どうせ最後は主人公が勝つんだろ?」

その通りです。

なのでまずはざっくりと。

①主人公、アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)がヘビー級の世界タイトルマッチに挑戦し、勝利。父アポロと同じく世界チャンピオンに。

②その夜、恋人のビアンカ(テッサ・トンプソン)にプロポーズし、婚約する。

③『ロッキー4』の敵であり、アポロをリング上で殺したイワン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)の息子、ヴィクター(フロリアン・ムンテアヌ)がアドニスに挑戦を申し込む。

④アドニスは試合を受けると言うが、ロッキーは反対。試合をするならトレーナーをやめると言い、二人は決別する。

⑤試合は序盤からヴィクター優勢で、アドニスは叩きのめされるが、ダウンした状態のアドニスを殴った事でヴィクターの反則負けに。

⑥試合には勝ったものの実質負けていた事に自信を失うアドニス。そんな中、ビアンカが女の子を出産し父親となる。

⑦再びヴィクターから挑戦が来る。ロッキーと和解し、ヴィクター戦に向けて地獄のトレーニングを開始。

⑧ヴィクターの故郷、ロシアで再戦し、今度はアドニスが勝つ。



以上がざっくりとしたあらすじです。

おそらくファンならば「おおかた予想通り」という展開です。
ですが、その「予想通り」を踏まえた上での演出、ストーリー構成が光っていたと思えます。


ここでとりあえず、ロッキー・バルボア(シルベスター・スタローン)という人物について説明します。

ロッキーは貧しい家の生まれで、小学校中退という経歴の人物です。
そのため口下手で、自分の想いを上手く人に伝えられないというコンプレックスをもっています。
元々優しい性格で、いつでも人を笑わせたいという気持ちがあるものの、語彙力が乏しいせいで渾身のジョークはいつもスベっている。だけど根底に「人を笑わせたい」という優しさが溢れているからこそ、スベっているジョークでも人から受け入れられる。まさにアメリカの出川哲朗です。

そんなロッキーは息子のロバートとは疎遠な関係。
別に親子仲が悪いというわけでは無いが、有名人の父の近くにいるのが苦痛という理由で息子はカナダで暮らしており、ロッキーも息子の気持ちを尊重して一歩引いている状態。72歳にしてフィラデルフィアで独居生活。
だからこそ、自分を頼ってきた親友アポロの息子アドニスを実の息子のように愛している。

そこがまさに今回の作品の肝で、父親アポロを殺したドラゴの息子との試合を反対するわけです。
『ロッキー4』の時、ロッキーはアポロのセコンドについていましたが、アポロが「試合を止めるな」と言っていたせいでタオルを投げるのを躊躇し、結果としてアポロが死んでしまったのを30年以上も後悔し続けていました。

一方のドラゴもまた『ロッキー4』でロッキーに敗れてからは妻に捨てられ、国からも追放され、息子のヴィクターを復讐の道具として鍛え上げる事だけが生き甲斐となっていた。
『ロッキー4』の時は感情の無いロボットのような男でしたが、今回は暗い感情ではあるものの、人間らしさを見せる父親となっています。

そしてそのドラゴの息子、ヴィクターは自分を捨てた母親への憎しみと、父親のために戦う男として描かれています。



最後のアドニスとヴィクターの試合では、序盤こそ前回同様ヴィクター優勢でしたが、中盤以降はアドニスが巻き返し、ヴィクターを追い詰めていきます。
どうやらヴィクターは長いラウンドの試合は経験が無かったらしく、その差が出たようです。
そこもまた評価したいポイントでもあり、最後の勝敗の結果は観客は予想できているわけで、いつまでも勝ち負けの戦いを描写するのではなく、終盤はボロボロにされていくヴィクターを辛そうな顔で見つめるドラゴがタオルを投げて試合を止めるという結末でした。
この場面で、敵であるはずのヴィクターですが、ちょっと応援してしまっている自分がいました。
だってドラゴはアポロを殺しましたが、息子のヴィクターには何の罪もないわけですから。ただ父親から愛されたかっただけなんです。


そして試合終了後、ロッキーはアドニスに「これからはお前の時代だ」と言ってリングには上がらず、リングサイドの椅子に座ってアドニスの勝利を眺める背中が印象的でした。


後日談でアドニスは初めてアポロの墓に家族を連れて墓参りし、ドラゴ親子は二人で一緒にランニングをしている場面が描かれます。
一方ロッキーはカナダの息子の家を訪ねます。
息子の家の玄関をためらい気味にノックし、出てきたのは5~6歳くらいの、初めて会うロッキーの孫ローガン。
その後ろから顔を出す息子ロバートに対して、「やぁ、たまたま近くまで来たものだから」と、いつものスベり気味のロッキージョーク。
そして孫に対して「おじいちゃんだよ」というセリフで涙腺が決壊しました。

ロッキーのセリフで「おばあちゃんにそっくりだ」という言葉が出てきましたが、そう言われるとたしかにエイドリアン(タリア・シャイア)の面影にたしかに似ていました。このワンシーンのためにこの子役を見つけてきたのは素晴らしいと思います。


個人的に一番嬉しかったのは、ロッキーの「ボール」です。
実は1976年の『ロッキー』一作目の時から、ロッキーはいつも黒いボール(スーパーボールのようなもの)をポケットに入れていて、何か手持ちぶさたな時はそれを取り出しては地面に弾ませてキャッチするという、癖というか趣味のような場面があるのですが、今まで一度も登場人物がそのボールについて言及する場面はありませんでした。
それが今回、初対面の孫がロッキーの左手に握られているボールを見て、
「それ何?ボール?」と言及したのです。
そしてロッキーは「そうだよ。一緒に遊ぼうか」と答えるのです。
このシーンが個人的に一番ヤバかった。


以上が今回のストーリーの概要と個人的な感想です。
他にもいろいろとあります。
『クリード』の一作目にも出てたデルファイジムの黒人トレーナーが実はアポロのトレーナーだったデューク(トニー・バートン)の息子だったのか!とか。
でも、そんなのをいちいち挙げてたらキリがない。
それくらい今回の作品は今までの『ロッキー』シリーズの集大成であり、キャストもそうですが、詰め込めるものを全て詰め込みまくり、そして上手くまとめあげた秀作だと感じました。

この先も続編を作ろうと思えば作れなくは無いと思いますが、スタローン自身が言っているように、ロッキーを登場させるのはおそらくこれが最後だと思える内容となっています。


自分的には初めて『ロッキー』を観たのは14歳の中学生の時で24年間の付き合いとなる作品ですが、シリーズ的には42年という歴史となる名作です。
『ロッキー』シリーズを観た事が無いという方は、ぜひ一度ご覧になってみてください。
ロッキー・バルボアという男の不器用な優しさ溢れる物語。
そして、その魂を受け継いだアドニス・クリードの物語。
国や人種は違えど、人間ならば世界中の誰でも共感できる、骨太の人間ドラマだと思います。
プロフィール

マッピー

Author:マッピー
マッピー著
『たまぁに本気でムラムラするブログの書き方』

1260円
フランス書院より
絶賛発売中!!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。